WATER+ vol.9
2020年8月発行/日本衛生広報誌「WATER+ vol.9」
●感染症と水道
●新型コロナウイルスで注目のPCR検査法に迫る
感染症と水道
日本人設計による国内初の水道「函館元町配水場」
疎水式には数万人の住民が繰り出し、山車も練り歩くなどお祭り騒ぎに。
北海道は日本の中でも早期に水道整備が始まった地域です。
明治中期に函館で整備された水道は以後、岩見沢、小樽、旭川などに普及して行きました。
健康に深く関わる水道の道内の歴史を振り返ってみます。
17世紀のロンドンでコレラが大流行した例を持ち出すまでもなく、疫病は汚染された水の摂取により引き起こされることが多く、水の安全性を確保することは昔から重要な政策として、世界各国で取り組まれてきました。
日本においては幕末期、西洋文明が流入するのに伴い感染症が持ち込まれ、多数の患者が発生して社会問題となりました。この対策に外国人技術者が呼ばれ、そのアドバイスによって濾過した水を鉄管などで配水する、近代的な「水道」が敷設されるようになりました。日本初の水道は横浜、次いで函館で整備されました。
ただし日本人設計による水道水、という括りでは函館が日本初となります。海外への留学経験があり、鉄道工事で手腕を発揮した日本人技師・平井晴二郎がこの重責を担い、水源地の赤川と本町配水場の高低差を利用して地域住民に給水する水道整備事業を実施。工事は1889(明治22)年、無事完了しました。
函館市民はこれを世紀の大事業と呼び、竣工に先立って行われた疏水(飲料や発電などの用途で整備した水路)式には来賓500人、会場周辺には数万人もの住民が繰り出し、各町の山車が練り歩き、夜が更けると家々にロウソクが灯され不夜城のようになった、と記録されています。清潔な水道水を切望していた市民がいかに多かったかが分かるエピソードです。
この元町配水場(正規名称・函館中区配水池)は1985(昭和60)年、近代水道百選の一つに選定され、その4年後に水道創設100周年を記念して市民や観光客に開放され現在、人気の観光スポットになっています。場内には記念碑や噴水池などの施設のほか、市街地を一望できる展望広場や散策路が設けられています。春になると樹齢100年を越すソメイヨシノが満開になり、訪れる人々を楽しませます。
道内の水道は以後、空知の石炭鉄道輸送の集積地として活気のあった岩見沢、北のウォール街として繁栄を極めた小樽、旧陸軍の大規模部隊が駐屯する〝軍都〟と呼ばれた旭川、そしてクロミン法という消毒方法を国内で初めて採用した札幌の藻岩第一浄水場が整備されるなど、道内各地に普及していきます。
現在、日本の上水道普及率は 97 %に達しています。衛生的な水の確保は十分になされていると感じられる数字ですが、水道水に混入したウイルスや細菌、物質などによる感染症や健康障害の発生などは、現在でも各地で散発しておりニュースになっています。水質検査の重要性は少しも低下していません。
元町配水場 函館市元町1-4
【交通】市電「十字街」下車徒歩6分、函館バス「ロープウェイ前」下車徒歩1分
新型コロナウイルスで注目のPCR検査法に迫る
厚労省の通知により昨年から可能になったPCR法によるレジオネラ菌検査。
これに対応し当センターでは2020年4月から同法による検査を開始しています。
この機会にPCRの原理や検査の流れなどをご紹介します。
ノーベル賞受賞のDNA検索法
PCRはポリメラーゼ・チェイン・リアクションの略。ポリメラーゼはDNA(遺伝子)を複製する酵素。直訳するとポリメラーゼによる複製連鎖反応となります。新型コロナウイルスの検査法の一つとして広く知られるようになりました。
正確には、生命体に特有のDNA配列を見つけ出す検索方法。原型となるアイデアは1983年、米国の大学研究員キャリー・マリスが、真夜中のドライブ中に考えついた、と伝えられます。10年後、ノーベル化学賞を受賞した独創的なアイデアの原理は次のようなものです。
遺伝子はラセン状に絡んだ2本の長い鎖状(2本鎖)の物質で、4種類(A、T、G、C)のヌクレオチド(リン酸など数種の物質から成る化合物)から構成されています。ヌクレオチドは文字機能を担い、その配列によって遺伝情報を記述します。
ちなみにヒトのDNA文字は約30億個と言われ、その中にヒト特有の配列(ターゲット配列)が含まれています。これを採取して、目に見えるようにすれば、指紋と同様、ヒトという生命体の確かな証明になります。他の生命体も同様の方法で種類や個体を特定できます。マリスはこれを可能にする方法を考えつきました。
ターゲットDNAを正確に選別して増幅
DNAの2本鎖がほどけると、ポリメラーゼが反応してヌクレオチドを生成します。このヌクレオチドは分離した鎖に取り付き、元の文字配列と同じDNAを複製します。これを繰り返してDNAは倍々(指数関数的)に増えます。30回も繰り返すとその数は10億を超え、目視できるようになります。PCRはこれを箱形の装置の中で行います。
具体的には、対象となるDNAと共に、そのターゲット配列の両端に取り付くように設計した、プライマーと呼ばれる短い1本鎖の人工DNAを添加し、加熱します。2本鎖がほどけ、プライマーは分離した鎖の中に存在するターゲット配列を見つけ取り付きます。ポリメラーゼが反応してヌクレオチドを生成、プライマーの隣りから順々に取り付き、複製していきます。
異なったDNAが何種類混入していても、プライマーが取り付く対象はターゲット配列のみなので、PCRは正確に目的のDNAを増幅します。これがPCRの原理です。
レジオネラ菌検査にPCR法が追加
PCRは2019年の厚労省の通知により、レジオネラ菌の検査でも使用できるようになりました。当センターはこれに対応し、2020年4月からPCRの検査業務を開始しています。
レジオネラ菌は、レジオネラ肺炎やポンティアック熱など、多くの病気を引き起こすことで知られる細菌です。レジオネラ肺炎は重症化し、死亡することもあります。子供や高齢者、持病を持ち免疫力が低下した人は、特に注意が必要です。
公衆浴場、介護施設、宿泊施設などの浴槽のほか、ビルやオフィスの貯水槽、空調設備の一部である冷却塔など、水温20度以上の人工環境水で増殖し、菌を含んだ水やお湯が細かい水滴(エアロゾル)となって空気中を舞い、これを吸い込むことにより感染します。シャワーや洗車などでも感染したケースが報告されています。
検査結果の期間も従来法に比べ大幅短縮
レジオネラ菌の感染を防ぐため、公衆浴場は1年1回以上、その他の浴槽なども水質検査の定期的な実施が法律で定められています。しかし、従来の検査法は結果が判明するまで2週間程度かかり、検査結果の迅速化が求められていました。PCRはその期間を3日間に大幅短縮するメリットを持っています。
当社のPCR検査がどのような手順で行われるか、検査技士の高津由が説明します。
「浴場、浴槽、貯水槽など検査対象の水を必要量採取し、遠心分離機で濃縮。これを酸処理液で処理し、レジオネラ菌を数時間にわたり液体培養。その後、死んだレジオネラ菌のDNAを増殖させないEMA処理を施します」
ここまでが検水の前処理段階。次からPCRによるDNA増幅が始まります。
「処理を終えた検水をマイクロピペットでチューブに分注し、DNAを抽出するためのプライマーなどを含む試薬を加えた後、PCR装置にセットします。
まず摂氏100度近くの高温で加熱して2本鎖をほどきます。次に50度前後まで温度を下げ、プライマーのターゲット配列への結合を促進します。その後、70度前後まで温度を上昇させ、ターゲット配列を増幅します。これを数十回繰り返します。
当センターでは厚労省の通知に従い、PCRの増幅量をリアルタイムでモニターし、解析できる、迅速性と定量性に優れる〝リアルタイムPCR法〟を採用し、生菌のターゲット配列のみを増幅させています」 検水には他の細菌など雑多な物質も含まれていますが、既に述べたとおりPCRはターゲット配列だけを正確に増幅します。
データはパソコンで速やかに解析し、検査結果を迅速にお客様にご報告いたします。PCR検査法の概要をはじめ、公衆浴場の法定検査、循環式浴槽などの水質検査に関わるご質問、お問い合わせをお待ちしております。
2020年8月発行/日本衛生広報誌「WATER+ vol.9」より