WATER+ vol.10
2021年3月発行/日本衛生広報誌「WATER+ vol.10」
●ぬかびら源泉郷とタウシュベツ川橋梁
●PFOS+PFOA 0.00005mg/Lのリスク
ぬかびら源泉郷とタウシュベツ川橋梁
湖底から湧き出た無数の気泡が氷の中に閉じ込められる。この奇跡のような風景「アイスバブル」を見るため、訪れる人が増えているのが糠平湖。
電力供給を目的に建設された糠平ダムの人造湖で、大雪山国立公園の東部「ぬかびら源泉郷」の近くにあり、全国的に有名な幻のアーチ橋「タウシュベツ川橋梁」を見ることもできます。
アイスバブルと源泉掛け流し温泉
アイスバブルは、湖中に生息する植物などから発生したメタンガスが、湖の結氷とともに気泡が層状に凍結・固定化したもの。のぞき込むと吸い込まれそうな錯覚に陥ります。
この「氷の芸術」が見られる周囲約34㎞程度、最大水深75mの糠平湖は、十勝川水系一級河川「音更川」中流部に築造された、堤高76mの重力式コンクリート型の糠平ダムによって形成されました。
糠平ダムは戦後復興の一環として電力供給を目的に1953年に着工。この辺りの冬の気温はマイナス30℃を下回り、工事可能期間が年間7カ月間に限られるため、前例のない方法によって工事が進められ、当時の高堰堤ダムの短期施工記録を更新しました。
湖畔近くで湯煙をあげる「ぬかびら源泉郷」は1919(大正8)年に発見され現在、10軒近くの宿が営業を行っています。同温泉郷は2007(平成19)年、宿主らが連名で「源泉掛け流し宣言」を北海道庁で行ったことでも有名です。
宣言文に「自然から授かった温泉をお客様のものと認識し、貴重な温泉資源を末長く提供できるよう保護しながら、より鮮度の高い温泉の提供に努めていきます」と謳い、未来永劫の源泉掛け流しを約束しています。
泉質はナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉(重曹泉)で肌が滑らかになります。お風呂も露天をはじめ、檜風呂、洞窟風呂など多彩。道内はもとより、本州の温泉ファンからも高く評価されています。評判の湯を体験してみてはいかがでしょうか。
※コロナ禍の影響で現在、お風呂の一部が休止されている宿があります。
もとの砂に戻りつつあるタウシュベツ川橋梁
深い森に包まれ、人造湖とは思えない濃厚な自然が魅力の糠平湖の水位は、季節によって変化します。水位がもっとも低くなる冬、水没していた橋が分厚い氷を割って姿を現します。それが古代ローマ時代の水道橋を彷彿とさせるタウシュベツ川橋梁です。
旧日本国有鉄道士幌線のアーチ橋で、以前から崩壊が心配されていましたが、2020年に大きな崩落が確認され、11連のアーチが見られる期間も残りわずか、と心配されています。
同橋は、大正から昭和10年代にかけて建設された旧士幌線の60におよぶ橋梁のひとつ。周囲の山肌から採取した砂や岩を骨材にして造られたコンクリートアーチで、廃線のため使用されなくなり、糠平ダムの完成とともにダム湖に取り残されました。
水位が高くなる夏場に水没、水位が低下する冬場に姿を現すことを繰り返し、黙したまま徐々に崩壊する姿が、口コミで全国的に知られるようになりました。
現在、修復は考えられていません。橋は再び元の砂や岩に戻ろうとしています。人工物が自然に戻る寸前の「美」を目に焼き付ける、最後のチャンスが近づいています。
タウシュベツ川橋梁を見るにはタウシュベツ展望台がおすすめ。
ぬかびら温泉郷から国道273号を旭川方面へ8km地点にある駐車場に停車。
そこから約200m北海道の大自然の中を散策すると展望台が見えてきます。
PFOS+PFOA 0.00005mg/Lのリスク
2020年4月より、有機フッ素化合物のペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、およびペルフルオロオクタン酸(PFOA)が、水道水質基準「水質管理目標設定項目」へ新たに追加されました。暫定目標値は0.00005mg/Lです。どんな物質で、どのような注意が必要なのか、わかりやすく解説します。
焦げ付きにくいフライパン
米国デュポン社が1950年代後半に商品化し、日本でも大ヒットした焦げ付きにくいフライパン。表面にフッ素樹脂(PTFE)を層状に塗布したもので、その際に使用される助剤が有機フッ素化合物PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)です。
フライパンばかりでなく撥水撥油剤、界面活性剤、殺虫剤、金属メッキ処理剤、泡消火剤成分のほか、自動車や半導体などの工業の製造過程にも広く使用されました。
このPFOSおよびPFOAが2020年4月、水道法の要注意監視物質として「水質管理目標設定項目」に追加された理由は、人体への毒性が世界的に疑われているからです。
フォーエバー・ケミカル
きっかけは約20年前の米国で発生した健康被害。デュポン社の化学工場から排水とともに有機フッ素化合物が川に流され、この河川水を飲料水に使用していた下流の住民に病気が多発。裁判所は企業に対し、合計760億円(当時)の和解金を住民に支払うよう命じました。
米国の健康被害をきっかけに、日本国内においても大学や研究機関による調査が実施され、沖縄県では浄水場の取水源となっている河川や地下水から、高濃度の有機フッ素化合物が検出されました。
道内では、北海道大学環境健康科学研究教育センターが、札幌市内の妊婦さん500人を対象に血中に含まれる有機フッ素化合物の濃度を検査。結果は全国平均と変化はありませんでしたが、血中濃度が比較的高めの妊婦さんグループの赤ちゃんの体重が、濃度が低めのグループと比較して軽いなどの傾向が観察され、追跡調査が行われています。
両物質は現在、環境中で分解しないフォーエバー・ケミカルであること、体内に蓄積されることなどを考慮し、残留性有機物汚染物質に関する「ストックホルム条約」の使用制限対象物質に登録されています。
水質管理目標設定項目とは
こうした流れを受け、厚生労働省はPFOSおよびPFOAを「水質管理目標設定項目」に追加し、目標値を0.00005mg/L以下(両物質の量の和)に暫定的に定めました。
水質管理目標設定項目は、毒性評価値が確定していない、あるいは検出レベルが高くなくても、水道水の安全性を将来にわたり確保するため、厚生労働省が注意喚起すべき物質として、水質管理目標値を定めるものです。
項目の追加は、世界保健機構(WHO)や諸外国での飲料水質基準項目の中で、健康に影響を与える恐れがあるためガイドライン値の改訂や追加が検討されている物質のうち、国内の水道水中に検出報告のあるものをピックアップし、専門家を交えて厚生労働省が判断します。
検査は義務づけられていないものの、より質の高い水道水を供給するため、体系的・組織的な監視によって検出状況を把握することが推奨されています。
ちなみに水の比重1に対して100万分の1の濃度が1mg/L。PFOSおよびPFOAの暫定目標値0.00005mg/Lは極めて微量で、測定には最新鋭の分析機器が欠かせません。
当社では液体クロマトグラフ(LC)と、質量分析計(MS)からなる「液体クロマトグラフ質量分析計(LCMS)」を導入、分析しています。LCで試料成分を分離し、これをMSでイオン化して、対象物質の質量を測定します。水中に溶け込んでいる難揮発性物質など、幅広い物質を分析できるのが特徴です。
液体クロマトグラフ質量分析計による
PFOSおよびPFOAの測定の流れ
当社が行うPFOSおよびPFOAの質量分析の基本的な流れを説明します。
「まず前処理操作を行います。分析対象となる水を500mL採取し、前処理操作での損失を補正するための内標準物質と呼ばれるものを添加します。この試料溶液を固相カラムに流します。」
固相カラムには、試料水に含まれる対象物質を分離精製する吸着(分離)剤が充填されています。
「この固相抽出法は、液体クロマトグラフ質量分析計を利用して、効果的な分析を行うための重要な行程で、目的の物質に対応するさまざまな吸着剤が用意されています」
固相カラムの水分を脱水します。
「0.1%アンモニア・メタノール溶液5mLを固相カラムに通液し、不活性ガスである窒素ガスを吹き付けながら濃縮し、1mLとします。これを液体クロマトグラフ質量分析計にセットし、対象物質の質量を測定します。結果はコンピュータ画面に表示されます」
液体クロマトグラフ質量分析計は、1兆分の1ほどの濃度の化合物も測定可能です。
2020年4月からPFOSおよびPFOAの質量分析を開始し、これまで20件以上の分析を行っています。環境に対する意識の高まりとともに、より水質の高い水道水の提供に努める自治体や企業などが増加しています。追加されたPFOSおよびPFOAを含め、水質管理目標設定項目に関するご質問がありましたら、ご遠慮なくお尋ねください。
2021年3月発行/日本衛生広報誌「WATER+ vol.10」より