WATER+ vol.2
2017年2月発行/日本衛生広報誌「WATER+ vol.2」
●北の名水紀行/仁宇布の冷水と十六滝
●見えない脅威を探し求めて
北の名水紀行/仁宇布の冷水と十六滝
神秘の大地が生み出す、湧水と滝の景観美
古事記の昔から豊葦原水穂国(とよあしはらみずほのくに)と詠われ豊かな水に恵まれた国、日本。雨というカタチで山々に降り注ぐその恩恵は、大地を潤し染み渡り、長い年月をかけて湧水や地下水という呼び名で再び私たちの前に姿を表します。現在、1985年環境庁制定の昭和の名水百選と2008環境省選定の平成の名水百選、合わせて200が国の認定する名水として知られています。北海道に暮らす私たちに親しまれている名水は昭和・平成合わせて5つ。その中で最も新しい名水が、今回ご紹介する「仁宇布の冷水と十六滝」です。多くの人に知られるようになったのは11年前の平成18年のこと。かつて山仕事をしていたお年寄りの話をもとに山へ分け入ったところ発見されたという、まるで新風土記さながらの謎めいた話にも北海道ならではのロマンが漂います。
仁宇布の冷水と十六滝のある中川郡美深町仁宇布(ニウプ)は、道内でも屈指の豪雪地帯。仁宇布という名称は、アイヌ語で森を意味するニウプに由来しています。その呼び名からも、この地に暮らす人々が遠い昔から森の恵みを受け、自然と共存してきたことが偲ばれます。
この山の水系の母とも言うべき存在が松山湿原。標高797m、広さ札幌ドーム約3.3個分(18ha)ほどと可愛らしいスケールを持つ高層湿原です。高層という名から高地にある湿原を想像しがちですが、意味するところは大いに異なります。気温が低く地下水位の高い地域では、枯れた植物が分解されずに蓄積されて泥炭となり、泥炭は1年間に1㎜ほどと気の遠くなるほどの遅さで高く積み重なります。降り注いだ雨や雪はやがて地下水として蓄えられ水量豊かな湿原となるのです。このような泥炭が高く積み重なった形状の湿原を一般に高層湿原と呼び、その成り立ちには数千年から1万年もの歳月がかかるといわれています。高層湿原は自然界の巨大な貯水タンクであり、高山や湿地に生息する動植物の棲みかとなって、美しい自然を形作っていくのです。松山湿原は強風と積雪という環境により、特殊な植生を持つ湿原として知られ、「日本の重要湿地500」にも指定されている北海道自然環境保全地域です。1㎝大きくなるのに約20年もかかる特殊な環境の中で育ったオブジェのような独特の形をしたアカエゾマツやハイマツの低木、食虫植物のモウセンゴケなど他で見られない自然に出合うことが出来ます。松山湿原の地中から湧き出した仁宇布の冷水の水量は1日あたり350トン、夏冬変わらず6度ほどのミネラルバランス絶妙な軟水は、冷たくスッキリとした味わいが特長。地域の人々はもちろん旭川や遠く札幌などから訪れる人々からも、高く評価されています、
仁宇布の冷水と並んで名水に選定されている十六滝は、美深町の西、ピヤシリ山麓を流れる仁宇布川の流域に点在する16の滝の総称。雨霧の滝、女神の滝、深緑の滝、激流の滝、高広の滝などが点在しています。十六滝の景観を巡り松山湿原の頂上へと至る林道は約900mの整備された木道で、初心者や高齢者、子供でも気軽に登ることができるため、6月から10月にかけてのシーズンには多くの人が訪れます。また、十六滝の周辺には、春から初夏の新緑、秋の紅葉と水面に映る四季折々の色彩美で知られる「天竜沼」をはじめ、水に関わる多彩な景観美が訪れる人の心を和ませます。
水と自然の未来を作る水質保全活動
湿原や原生保存林など貴重な自然環境に育まれた豊かな水を守るため、地域の人々による水質保全活動も行われています。定期的な水質検査や植樹活動、散策路等の整備や町民植樹祭の実施、地元小中学生・住民の森づくり体験や白樺樹液春まつりの運営など、地道な活動の中から保全意識向上への努力が続けられています。
「仁宇布の冷水と十六滝」のある美深町は、その情景描写が似ていることから、村上春樹作品の舞台ではとも噂されていますが、その真実は謎のまま。ちなみに羊をめぐる冒険の中には、十六滝を思わせる十二滝町という架空の地名も登場しています。仁宇布には羊牧場として知られる松山農場があることから羊男との関係を指摘する人もいますが、残念ながら作品が発表された当時は、羊ではなく牛を飼っていたのだとか。名水同様、そのロマンを求めて国内や海外のハルキストが訪れることでも知られています。
見えない脅威を探し求めて。
公衆衛生学分野で 今最も脅威とされる原虫、クリプトスポリジウム 。
一般の方々には、水質の検査イコールO157に代表される大腸菌との認識が強いでしょうが、今、クリプトスポリジウムという原虫の脅威が指摘されています。クリプトスポリジウムは人や動物の消化管に寄生し下痢を引き起こす病原性原虫で、現在に至るまで有効な治療法が確立されていません。また、免疫不全症を発症している患者の場合には死に至る事もあるとされています。感染経路としては1983年には水道を介した集団感染が発生したため、現在は水系感染症の病原体として重要視されています。酪農が盛んな北海道では、子牛の下痢症の原因としても知られていて感染子牛に接触した酪農家や体験実習に訪れた学生の感染例も報告されています。その他にも道内におけるクリプトスポリジウム症は1999~2013年の間で24事例133名(国立感染症研究所 感染症発生動向調査 参照)が確認されています。クリプトスポリジウムは、感染した人や動物の糞便の中に潜み、川や地下水などを広がります。
特に恐ろしいのは水道水の消毒に用いられる塩素では死滅しないという特徴で、その塩素耐性は大腸菌の数千倍ともいわれています。動物相が豊かで酪農も盛んな北海道では、河川や地下水などへの混入が不安視されるなど、クリプトスポリジウム感染への関心が高まっています。汚染された水や食品を通して体内に入った場合、激しい下痢、腹痛、嘔吐、微熱などの症状が7~14日間程度続きます。アメリカで行われたボランティアによる経口投与実験では数十個を摂取することで発症することが確認されています。
高度の技術とセンスが求められる原虫検査のプロセス。
クリプトスポリジウムを検査する過程は、その殆どが職人技とでもいいたいほどの熟練を必要とする作業です。初期段階のサンプリングでは、地下水や河川水を水源とする物件から、それぞれ10㍑の原水をサンプリングします。次に原水をろ過するわけですが、この段階で10㍑の水に含まれる原虫などを全て取り出すことが求められます。容器を激しく振ることで対象となる原虫をろ過するこの作業には、体力と経験が求められます。しかし、この段階を完璧にやり遂げなければ正しい精度を得ることは出来ません。次にアセトンでフィルターを溶解し、原虫が含まれると予想される検体を一本の試験管に凝縮します。
次に、多くの不純物が溶け込んだ検体の精製という作業が待ち構えています。ここでもまた職人的スキルの登場です。
1分間3000回転の遠心分離機で最初に入っていた水を除去し、新たに少量の水を加え、パーコールショ糖溶液という試薬により原虫とゴミを丁寧に分離します。この精製にかかる時間は短くとも3日、長い場合では2週間ほど、技術、センス、根気を要する作業です。
このような段階を経て、最終的な原虫検査では色付けした検体を高倍率の顕微鏡で測定し原虫の有無や原水10㍑中の数量を判定します。
汚染の危険を監視するセーフティープログラム 。
検査でクリプトスポリジウムが発見された場合、すでに汚染が拡大していることが予想される為、対策の原則は汚染を未然に防ぐことにあります。そこで、汚染の指標となる「大腸菌」「嫌気性芽胞菌」(以下「指標菌」)の検査が行われ、指標菌の検出状況に応じて4段階のリスクレベルの評価を行います。
指標菌が検出されるとレベル3以上となり、クリプトスポリジウムの検査が義務付けられます。
日本衛生株式会社では、汚染の危険を未然に防止するセーフティー対策として、サンプルの採取・検査、監督、監視というシステム化されたプログラムで、お客様の水質環境の安全・安心をサポートしています。
2017年2月発行/日本衛生広報誌「Water+ vol.2」より